第4CPコアタイムとは?

アメリカ横断ウルトラクイズと昔の高校生クイズが好きな管理人が気ままに書き綴るブログです。
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Archive for 2月 28th, 2010

テレビマンユニオン・白井さんにお聞きしたいこと(その3)

放送ライブラリー「世界ウルルン滞在記」公開トークショーの続きです。
記憶が薄れているのですが、メモを頼りに箇条書き風で書きます。
前回:テレビマンユニオン・白井さんにお聞きしたいこと(その2)

・白井さんは高倉健さんに出演依頼の手紙を送った。
・その後、高倉さんから直筆のお手紙が届いたが、「またの機会に」といった感じで断られた。
(メモには「サハラ砂漠から高倉さんがクイズを出題」ともある。)
・ウルルンを13年半続けてきた徳光さんですが、最後は「マンネリの方が良かった」とも。(ルネサンス以降に対して。)

・ウルルンのロケ地を決める際は、7~8割が「この国でやりたい」と要望?があって、白井さんがOKを出したら、ロケハンに行く(約1週間)。
・ホームステイ先は勘。(現地の家族に会った上で)

・山本耕史さんのイギリス(1997年)の時は、18歳のお嬢さんとの恋物語(?)を考えていたができなかった。(全然違う方向に)
・中国(2003年)の時は、いい感じに飲んでくれた。(面白い画が撮れた)

・テレビ番組を撮るつもりで行くのではなく、自分の旅を楽しむ事を前提に。
・全然合わなかった女優もいた。(イニシャルを挙げる)
・石原さんはドラマティックに撮る。保坂さんは旅人を放置する(タイプ)。
 →理想のウルトラクイズの参考になるなぁと思った。
・カメラは1チェーン(1台)で撮る
・解答者の石坂浩二さんはもの凄い博識で、番組ではカットされているが、旅人が言う前にしゃべってしまう。

・番組の終盤に流れるテーマ曲はオガサワさんという方が作った。(エンディングでは別の名前になっている)TVUの音楽プロデューサーからの紹介。
・(ウルルン滞在記ルネサンスで)中島みゆきさんの楽曲を起用したのは白井さんの思いつき。(酒を飲んだときに思いついたらしい^^;)

・山本耕史さん「自分の故郷が4つ増えた」
・山本さんはミクロネシアで、「ハタファリガル」という名前を付けられ、その後、友人からあだ名で呼ばれるようになった。(この話にウケた^^;)

・現地の方々へ謝礼として、農機具や豚(生きたまま)などを贈る。(現物支給)
・発電機を置いてくれという要望が多いが、オイル代が高いと説明している。

・ウルルンが終わった理由として、白井さんが13年半で「飽き飽きしていた」こと、視聴率が悪くなったこともあるが、毎日放送も切り替えたいという雰囲気があった。
・歴代のアシスタントで高橋由美子さんだけは泣かなかった。
・9.11テロ以降、視聴者の見る意識?が変わった。

山本さんが2007年に出演した際、ギター職人・ベネデットさんの下で作ったギターを披露。
そのギターで山本さんが1曲歌ってくれました。
(山本耕史さんファンは酔いしれたでしょうね。)
→その回のウルルンでトップ賞だったギターも ン十万するとのこと。

会場からの質問
Q.徳光さんはウルルンの中で行きたくなった場所、体験したいものはありますか?
A.ありません。(司会者は旅に出るべきでない、視聴者と同じ立場ではなくなるから。)
Q.ナレーターの下条アトムさんが降りたのは?
A.毎日放送サイドが降板させた。(白井さんの本意ではない。)

他にもいい話があったのですが、メモがうまく書けなかったのでここまで。
徳光さんはトークが上手く、徳光さんが話すとうまく話を広げてくれたり、別の方に振るために話題を引き出したりと、さすが一流の司会者だなと聞いてて思いました。(多少、「毒」もありましたが触れないでおきます^^;)

後、スタッフの石原さんが話していたのですが、(旅人が現地の人々と別れる際)カメラマン、音声さん、通訳も泣いているというのは凄いなと。
ウルトラクイズを作った佐藤孝吉さんが第1回ウルトラクイズの途中で
「すごい鉱脈を見つけた」と日本に電話をしたそうですが、
それと同じように「ウルルンの鉱脈」を見つけた瞬間なのかなと思いました。

さて、白井さんにお聞きしたいあの質問の件ですが・・・。
トークショーが終わって、ホールから出ていく白井さん達。
しかし僕は壁側の席に居たため、身動きがとれず。
まだ放送ライブラリーの告知が続いていたこともあり、「ちょっと前を通してください」と自分だけ外に出るのは見苦しいと感じたので動かなかった。
終了後、ホールの外に出たものの、白井さんの姿は無く・・・。
万が一、控え室に残っている可能性を考え、しばらく待っていました。
(アイドルでも芸能人でもない男性を出待ちするのは初めてです。)
アンケートを書いて15分・・・。出てくる気配が無かったので諦めた。
こうして5年に1度のチャンスは儚くも消えてしまったのでした。

こうなったら、白井さんが高倉さんにお手紙を送ったように、
僕も白井さんにお手紙を送るしかないのかなと考えています。
果たして僕の悪筆とも取れる字を白井さんが読んでいただけるのか。
ちょっと心配です。

(記事を3回に分けた割には、つまらないオチですいません。)


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